湯浅常山『常山紀談』巻之八「稲葉一徹罪人を免さるる事」より

一鉄と下人

 稲葉一鉄の下人が罪をおかして、死罪と決まった。いよいよ処刑という時、下人は声を上げて泣いた。
「そんなに命が惜しいのか」
と嘲ると、
「命が惜しくて泣くものか。命あらば一太刀おみまいするものを、このざまになって叶わないのが口惜しいのだ」
と言い返した。
「ええい、憎いやつ。即刻斬り棄ててしまえ」
 人々がいきり立つのを、一鉄はおしとどめた。
「そいつを助けてやれ」
と縄を解かせ、
「どのようにしてでも、わしに一太刀あびせてみろ」
と言って、放免してやった。
 下人は、ありがたい、と何度も言って立ち去った。

 その数年後、一鉄は病に倒れた。次第に重患となったとき、かの下人が訪ねてきて、
「力を尽くしましたが、討てませんでした」
と言って、また泣いた。
 やがて一鉄は死んだ。葬礼の後、下人は一鉄の墓に参った。
「私が今日まで生き長らえたのは、あなたに一太刀おみまいしましょう、と申したためです。そのあなたが死んでしまったのに私が生きていては、『処刑の時に泣いたのは、やっぱり命が惜しかったのだ』と人に誹られましょう」
 下人は、その場で腹をかき切って死んだ。

 戦国時代の心情は、上に立つ人も下に属する人も、太平にして無為の時代にどっぷり漬かった昨今の者とは大いに異なるのが、よくわかる話である。
あやしい古典文学 No.462