一無散人『東遊奇談』巻之二「下総大沼」より

手賀沼

 下総の国に手賀沼という大きな沼があり、縦横八キロにわたり緑水が満ち満ちていた。
 そこには鴻雁・鴛鴦がねぐらをならべ、数知れぬ魚が水面に踊って、漁人の網は常に豊かであった。また、下総・上総の間を結ぶ小舟がさかんに行き交っていた。

 やがて、この沼に耕地開発の計画が起こった。
 水を涸らし、葦原を刈り捨て、大勢の人力を投入して随所に堤防を築き、ついに一面の平原となした。
 ところがそのとき、にわかに大雨が降って、一夜にして沼は元どおりに満水した。
 月日をかけ、労苦を重ねてやっとのことで干拓したのに、思いもよらぬあちこちから水が湧き出し、波となって逆巻いた。水勢は岩を砕き、山を崩した。
 これを防ごうと、人々が鋤鍬そのほか農具を引っさげ、懸命の思いで水に駆け込むと、蟹や泥亀や鰻のたぐいが集団で襲ってきて、股を刺し、足に噛みついた。
 また、掘り上げた泥土の中からさまざまな雑魚が飛び出して、通りかかる人を無差別に攻撃した。

 こうしたことで収拾がつかなくなったため、結局、手賀沼の開発はとりやめとなったのである。
あやしい古典文学 No.467