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『太平百物語』巻之五「能登の国化者やしきの事」より |
能登の化け物屋敷 |
能登の国に化け物屋敷があった。 多くの人が行方知れずになったともっぱらの噂で、住もうという人が誰もいなかったが、やがて幾田八十八(いくたやそはち)という大胆な侍が、自らその屋敷を所望して住んだ。 八十八は妖怪が出るものと期待していたのに、いっこうに現れないので、 「こんなものなんだろう。化け物が出るも出ないも、人によるのさ」 と、ひとり嘲って苦笑いしていた。 するとある夜更け、八十八が便所に行ってしゃがんでいるとき、下から毛の生えた長い手が出てきて、八十八の尻をざわざわと撫でた。 『おっ、出たな』と思い、しばらく我慢して撫でさせてから、やおら引っ掴んで力に任せて引っ張ると、手は次第しだいに長くのびた。 そのとき頭上に気配を感じ、きっと見上げると、屋根板がめくれて、凄まじい面相の異物が八十八をはったと睨んだ。八十八も負けずに睨み返し、掴んだ手を握ったまま外へ出ようとする。そうはされまいと力むのを、大力の八十八が苦もなく引き出すと、上から睨んでいた化け物が地面に転げ落ちた。よく見れば、そいつの手だったのである。 それから両者取っ組み合い、上になり下になりして格闘した。最後には力にまさる八十八が組みとめ、ついに刺し殺したが、その身もいたるところに傷を蒙った。 夜が明けてから見ると、化け物の正体は劫を経た猿であった。 また、屋敷の裏に年経た槙の木があるのを怪しく思って伐り倒してみると、はたして樹上には年来とり喰らった人の屍が積み重なっていた。 こうして八十八が化け物を退治して後は、何事も起こらなくなったので、人はみな八十八の勇敢不敵のほどを称賛した。 |
あやしい古典文学 No.470 |
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