中山三柳『醍醐随筆』上より

熊 vs.猪

 丹波に住む人が、山に入って栗を採っていたときのこと。
 下は深い谷で、水が細く流れてくる奥山のほうから、一頭の子を連れた熊が下ってきた。
 親熊が谷川の石を抱き上げると、子熊は石の下に入る。そうして蟹を獲って喰うらしい。
 梢の上にいた栗採りの男は、身を潜めて音立てないよう気をつけていたが、どうしたことか栗を四つ五つ、ばらばらとこぼしてしまった。
 これに驚いて親熊が石を取り落としたので、下にいた子熊はつぶれて死んだ。
 親熊は、自分の過失とはつゆ思わず、
「オーッ、誰が殺したァ!」
とばかり声を限りに吼え叫びつつ、怒りにまかせてあたり一帯を駆け巡った。

 間の悪いことに、現場から百メートルあまりのところで、大きな猪がのんびり寝ていた。
 熊は、『こいつが殺した』と決めつけて、猛然と向かっていった。是非なく猪は起きあがり、牙を噛み鳴らして待ち受けた。
 梢で男が固唾を飲む下で、およそ一時間の死闘が繰りひろげられた。
 ついに猪は前足一本打ち折られ、後ろの股間から横腹をへて胸まで引き裂かれて死んだ。熊も全身を牙にかけられ、はらわたを出して絶命した。

 獣のことで、無知なのは仕方がない。されど、熊は子の仇を討とうとわが身を捨て、猪は敵に遭って卑怯に逃れることをしなかった。
 こうした獣でさえ義をもって闘うとは、驚嘆すべきことではないか。
あやしい古典文学 No.476