『諸国百物語』巻之五「狸廿五の菩薩の来迎をせし事」より

火定の坊主

 東近江の酒人(さこうど)村での出来事だ。

 この村の仏堂は山の奥にあって、堂の坊主が里に出ると、留守に狸が来て坊主の食い物を盗み食いするのが常だった。
 あるとき坊主は、比叡山の横川で餅の形をした石を一つ拾い、持ち帰って囲炉裏で焼いて、日の暮れるのを待った。
 思ったとおり狸が来た。
 いつも食い物の置いてある場所を探るところに、坊主が声をかけて、
「これよりのち盗みをしないなら、土産をやるぞ」
と、焼け石を火箸で挟んで投げやると、狸は取って食おうとしてしたたかに火傷し、逃げ帰った。

 それから何日かたつうち、堂の本尊がときどき光り輝いて見えるようになった。
 坊主はありがたく思い、いよいよ信心が深まったが、そうしたある夜、とうとう如来が夢枕に立ってこう言った。
「汝は早くこの娑婆を立ち去って、火定に入るがよい。汝の身が火に包まれるとき、我は来迎して西方浄土に救いとるであろう」
 坊主は感激した。
 さっそく村じゅうに触れ書を回し、
「何月何日、私は火定に入って往生いたします。どうぞお参りくだされ」
と告げたので、村人たちも、
「おお、なんと尊いことではないか」
と涙を流した。
 当日ともなれば、近郷近在から人々が集まった。大群衆がみな仏の来迎を拝もうと待ちかまえたのだった。

 坊主は白衣に新しい袈裟を着け、帽子(もうす)をかぶって出てきた。
 堂の前に一間四方の石垣を組み、中に炭・薪を積んである。その上にのぼると、観念の面持ちで黙居した。
 正午にいたると期待どおり、西の方に三尊そのほか二十五の菩薩が立ち現れた。
 笙(しょう)・篳篥(ひちりき)・管絃が鳴り渡り、光を放っての御来迎に、人々はありがたがってひたすら拝んでいた。
「では、火をかけよ」
 一度に薪に火をつけたので、坊主は無惨に焼け死んだ。
 このとき菩薩はおのおの正体を現して、いっせいにどっと笑った。人々が驚いて見ると、二三千匹もの古狸が山に逃げ入るところだった。
 かの焼け石に欺かれた狸の報復だったのである。
あやしい古典文学 No.477