『信濃奇談』巻の上「蛇足」より

蛇足

 小町谷という村のある家で、夜半、鶏小屋の鶏が突然けたたましく鳴きたてた。主人が行ってみると、二匹の大きな蛇が小屋に入り込んで、今まさに鶏を巻きとろうとしていた。
 怒りにまかせて蛇を打ち殺し、串に刺して火であぶったところ、その腹部に足が出てきた。
 主人は怪しく恐ろしく思い、死骸を大路に捨てて大勢の人に見せたので、人々もまた、
「なんとも不思議なことだ」
と言い合った。

 しかし、陶隠居の『本草注』には、「蛇はみな足がある。地を焼いて熱し、酒をまいて、そこに蛇を置くと足を出す」とある。『酉陽雑爼』には、「蛇は桑柴でもって焼くと足が出る」とある。
 このように蛇の足が出るのは通常のことだが、昔からなぜか人々は、蛇には足がないと思い込んでいるのだ。
 『戦国策』で蛇の絵に足をつけるのを無用のことの喩えとしているのも、東方朔が「やもりを射て、蛇を射たと申し立てても、足がある」と言ったという逸話も、みな蛇には足がないことを前提としている。
 昔の人でさえそうなのだから、今の人が蛇の足に驚くのも、当然かもしれない。
あやしい古典文学 No.478