『諸国百物語』巻之四「下総の国、平六左衛門が親の腫物の事」より

むくむく

 下総の国、臼井の四日市というところに、平六左衛門という者がいた。
 この平六左衛門の家に、あるとき諸国行脚の僧が立ち寄って、一夜の宿を借りた。

 僧が夜もすがら、寝もせずに法華経を読誦していると、障子一つへだてた部屋から、夜じゅうずっと、
「むくむく、むくむく」
と、呻くような声が聞こえてきた。
 不思議に思ったので、夜が明けてから、
「こちらには犬の子でもいるのですか。昨夜ずっと声がしていましたが」
と尋ねると、平六左衛門はこんなことを話した。

「いや、それがその、まことに恥ずかしい話ながら、あなたがお坊さんだから打ち明けます。あの呻いているのは、私の父親なのです。十二年前からの病で、はじめは右の肩に腫れ物が一つでき、その後また左の肩に同じく腫れ物ができました。やがて二つの腫れ物に大きな穴があき、左を向くと右の穴が『こちむけ』と言います。右を向くと左の穴が『こちむけ』と言うのです。
 両方の穴から『こちむけ、こちむけ』と責められて、十二年来休む間なく、夜も昼も座って手を突き、首を左右に振りながら『むくむく』と言って暮らしています。当初の五六年はいろいろ療治をし、祈祷を頼んだりしましたが、なんの効果もありませんので、以後はあきらめて何もしていません」

 話を聞いた僧は、
「お父上に会って見ましょう」
と申し出た。そして、平六左衛門の父親に対面し、
「腫れ物ができたのには、わけがあるはず。そのことを懺悔しなさい」
と勧めたので、父親は次のように語った。

「それでは、面目ない次第ですが、お聞きください。私は若いころ、召使いの女に手をつけたことがあったのです。ところが、あの平六の母親というのがこの世にまたとない嫉妬深い女で、その下女を絞め殺してしまいました。
 下女が殺されて三日もたたないうちに右の肩に腫れ物ができ、それから七日目に平六の母も死にますと、また三日もしないうちに左の肩に腫れ物ができて、両方の肩から『こちむけ、こちむけ』と言うようになりました。一度でも返事をしないと息が詰まって絞め殺されそうになるので、この十二年、ひたすら『むくむく』とばかり言っております」

 僧は、
「わかりました。それでは祈祷をしてさしあげよう」
と、肩を出させ後ろに回って、かの腫れ物に向かい法華経を誦んだ。
 すると、右の肩の穴から小さな蛇が頭を出した。さらに息もつかず経を誦み、三寸ほども出たところで、御経を持ち添えて掴むと、一気に引き出した。
 次に左の穴に向かって経を誦み、同じく頭を出した蛇を引き出した。
 蛇はそれぞれに塚を作って埋め、経を誦んで弔ったので、まもなく父親の腫れ物も癒え、親子は限りなく喜んだ。
あやしい古典文学 No.479