高古堂『新説百物語』巻之一「狐亭主となり江戸よりのぼりし事」より

狐亭主

 京都烏丸の上に、江戸に店を出していて、毎年一度ずつ江戸に下る人がいた。
 ある年、江戸での業務がいつもより手間取る由、便りがあったが、九月の初めごろ、思いがけず亭主が江戸から戻ってきた。
 家内の者、とりわけ母親や女房は大いに喜び、風呂を沸かし料理をこさえてもてなした。
 ところが、どうも様子が変だった。亭主も挟箱を持った家来も、ひと言もものを言わない。ただ座敷にいて食い物ばかりを食い、台所に出てくることもない。そのほか、所作すべてに不審な点がある。

 そこで家内じゅうが当分の入用な品を携え、近所の親類方に引き移った。亭主と家来の二人だけが残った家には、外から厳重に錠を下ろした。
 翌日から毎日様子をのぞきに行ったが、二人ともずっと同じ場所に座ったきりで、飯を炊いて食うような様子はまるでない。
 そんなある日、江戸から書状が届いた。「来月上旬には京へ戻る」との亭主からの知らせである。
「これではっきりした。あの二人は狐狸のたぐいにちがいない。打ち殺せ」
 近所の者が大勢、手に手に棒を握って家に入ってみると、二人は行方知れず。あとに挟箱に見せたと思われる、破れた菰を竹に結わえつけた物が残っていた。

 まったくこれは、狐の仕業だったのである。
 近所の噂では、この家の裏手には昔から蓋をして使わない古井戸があって、もし蓋を開けると祟りがあると言い伝えられていたが、今年来た奉公人が知らずにちょっと蓋を開けてしまったのだという。
 その祟りだろうと、人々は言っている。
あやしい古典文学 No.480