一無散人『東遊奇談』巻之二「梁上の鰻并杜鵑蘇生」より

梁上の鰻

 下総の国の木下(きおろし)というところは、江戸から十里ばかり東にあたって、鹿島香取神社に参る道の船着場である。利根川べりにあり、鹿島まで十六里の川船が出ている。
 この地はともすれば洪水にみまわれ、町中を船で往来するようなことがある。そんなときに棲み移ったのだろうか、梁(はり)の上を這い歩くものがあった。
 蛇のような形をしているが、蛇より長さが短く、太さは大竹ほどもある。そいつが桁を伝って鼠を追いかけ、捕らえてひき咥え苦しめるのを見て、その家の主人が弓の先で突き落とした。
 よくよく見れば鰻であった。全身すすまみれで何とも分かちがたい恐ろしい姿になっている。眼がぎらぎらと光り、耳は長くのび、歯を白々と剥き出して、ちょっとやそっとでは鰻に見えない。
 「水を離れて生きられるものだろうか」と思ったが、鰻はすすを食べると長い年月を水なしで生きるものなのだという。

 この話から思い出したことがある。
 江戸蔵前に住む知人某が、ある時、息子の疱瘡のまじないだといって陸奥からホトトギスの死んだのをもらい、包んで箪笥の底にしまっておいた。
 その後、なんとなく異臭がするようになったので、「もしや虫でもわいたのか」と思って暖かい縁側に出して干したところ、死骸が日のぬくもりでよみがえり、そのままどこへともなく飛び去った。
 某が驚いて人々に話すと、松前の生まれの人は、
「雪の深い国のホトトギスはすべて、秋から冬の間は土くれに入って魂を失います。春に再び生き返り、夏に声を発するのです。そのホトトギスも、土くれに入って仮死状態なのを拾って、陸奥から贈ってよこしたのでしょう」
と言って笑ったのだった。
あやしい古典文学 No.482