岡村良通『寓意草』上巻より

首が抜けない@大阪城

 近江の膳所(ぜぜ)藩主 戸田采女正の女婿は、板倉周防守といって、大阪城代を務めていた。
 采女正はあるとき、膳所から大阪に使者を遣わした。

 大阪城の広間には大砲が展示されていた。
 使者はふと、入るかどうか試したくなったらしい。砲口に頭を押し込むと、首元まで入ったのはよいが、どうしても抜けなくなった。裃(かみしも)を着けて正装した姿で、頭まるごと大砲に嵌り、ひじを突っ張って進退窮まった。
 周防守が使者に会おうとして何度も呼ぶのに、いっこうに応答がない。不審に思って行ってみたら、とんでもないことになっていた。
 大変だ、大変だと人々が集まり、代わる代わる体を引っ張ったが、うまく出ない。あまり無理に引っ張ると死ぬかもしれないと危ぶんで、かくかくしかじかと膳所城に知らせをやった。

 膳所では采女正が、地団太踏んで怒り狂った。
「三国一の馬鹿者を使者に立てて、大恥をかいてしまったわい」
 ただちに重臣の一人を呼び出し、足軽四五十人を付け、
「死ぬかもしれぬといっても、そのまま大砲に挟んでおけるものか。とにかく首ごと引っこ抜いて連れ帰れ」
と歯噛みしつつ命じた。

 一行は馬に鞭打ち大阪城に馳せつけた。周防守の家臣たちは、呆れた顔でその場に居並んでいた。目くばせしあって笑う者もいた。
 そんな中で、大勢が使者の手足に取りつき、エイ!エイ!の掛け声とともに引っ張ると、今までうつ伏せに尻を上げていた体が異様に長くのびて、まもなく頭が引き抜けた。
 耳も鼻も腫れ上がり、裂け傷ついたけれども、さすがに死にはしなかった。

 この者を膳所に連れ帰ったところ、
「こんな痴れ者は、処罰する値打ちもない」
ということになった。
 そこで、耳、鼻、髪、髭を剃り落として赤裸にし、褌まで剥いで追放した。
あやしい古典文学 No.486