岡村良通『寓意草』上巻より

蛇槍

 戸田采女正の家来に、蛇を恐れる男がいた。
 晩夏のある夕刻、男は戸外で親しい人々と世間話をしていた。
 そのとき友人の一人が、生乾きの芋茎(いもじ)を足元に投げて、
「そら、蛇だ!」
と脅かした。
 男はパニックになって失神した。

 気付け薬を与えられて息を吹き返し、そのときは何事もなく帰ったのだが、翌朝、蛇を投げた友人の家に赴いて言ったことには、
「いかに親しい仲でも、人なかであのような恥をかかされては、我慢ならない。おまえを討ち果たして死ぬつもりだ」
 友人は、
「すまん、すまん。冗談が過ぎた」
とひたすら詫びたが、聞き入れないので、
「それでは今日の日が暮れるのを待って、人気のない野原で闘おう」
と言って、場所を決めて帰らせた。

 月の出た夜、男は約束の場所に行って、先に来ていた友人に向き合うと、刀を抜いた。
「では言葉どおり、すっぱりと討ち果たしてくれよう」
 友人のほうはおもむろに、
「では、拙者はこれで参るよ」
と、長い竿に五尺ばかりの青大将を結びつけたのを槍のように構えた。
「わ、なんだそれは。よせっ、卑怯な……」
 男は動転して、抜いた刀を後ろ手に振り回しながら逃げ惑った。
「見苦しいぞ。逃げるな、ほれほれ」
と追いかけられ、とうとう家まで逃げ帰ると、閂をさして立て籠もった。

 そのうち仲間らが聞きつけて集まり、仲裁したので、この決闘は終わりになったが、
「死のうと思い定めた者が、蛇を見て逃げ惑うとは」
と、皆笑ったのだった。
あやしい古典文学 No.488