橘崑崙『北越奇談』巻之五「怪談其九」より

へび娘

 越後蒲原郡地蔵堂に住む某の娘は、久しく病身で、床を離れられなかった。
 近所の同年輩の友達の家では、初春の祝いに、娘たちを大勢招いて料理など振舞おうというので、某の娘にも誘いの使いが来た。
 娘はしきりに行きたがったが、両親は「病気に障るから」と許さない。悲しくて床の中で泣きつづけ、そのうち泣き疲れて眠った。

 さて、振舞いのある家では大勢の老若の女がうち集って、ある者は歌い、ある者は踊り、琴・三味線の音も賑やかに笑いさざめいていた。
 すると突然、家の梁がミシミシ鳴って、二階の上から、胴回り一尺ほどの黄色い大蛇が座敷に頭を差し入れた。
 女たちは仰天し、「わっ」と叫んで立ち騒ぐ。ほかにいた人々が「何事か」と駆けつけたときには、蛇はすでに去って見えなかった。
 これは如何なる怪事だろうか…。人々はすっかり興を醒まし、その夜の宴はしまいになった。

 翌朝、かの病身の娘が家族に語った。
「ゆうべね、わたし、振舞いの家に行く夢を見たの。座敷があんまり賑やかだから、そっと中を覗いたんだけど、どうしてかしら大騒ぎになって、そのせいで面白い夢が覚めてしまったわ」
あやしい古典文学 No.490