浅井了意『伽婢子』巻之十一「魚膾の怪」より

なます男

 応仁のころの話だ。
 大嶋藤五郎盛貞という武士が、浪々の旅のすえ能登の国 珠洲の御崎に落ち着いて、仕官の機会を待っていた。
 この武士は生魚のなますが大好物で、これがないといっこうに食が進まなかった。人にも常に、
「この浮世に山海の珍味は数々あるが、なますの味に及ぶものはない。いくら食べても飽きるということがない」
などと語っていた。

 ある日、若い友人が五六人遊びに来たので、伴って浜辺に出かけたところ、風もなく波静かな海に浦人が船を出し、種々の魚を獲って漕ぎ帰ってきた。
 大嶋はこれを見て、
「よし、あれを買い取ってなますを作ろう。この場で料理して、今日のよき思い出にしよう」
と、五籠、六籠と購い、浦人の家に立ち寄って料理の道具を借り受けた。
 浜にむしろを敷き、なますを作って大きな桶と鉢にうず高く盛り、そのほか魚を種々に調理して、一同が車座になって飯を食った。

 大嶋もなますを食うこと一鉢ばかり、ふと喉に異物が引っかかるように感じて吐き出すと、豆ほどの大きさの骨だった。薄赤くて、まるで珠玉のようだ。
 珍しく思って茶碗の中に入れ、皿で蓋をして横に置くと、また箸を取ったのだが、まだ皆が食事を終わらないうちに、かの茶碗がパシッと割れ、蓋も飛んで転がった。
 見れば、中の骨の珠が一尺ばかりに膨張し、人の形と化して立ち上がったのだ。友人たちが驚いて目を丸くするうちに、たちまち身の丈五尺、素っ裸の男となって、大嶋に襲いかかった。
「出たな、妖怪!」
 大嶋は傍らの太刀を抜いて切りつける。男は稲妻のごとく光を発し、蜻蛉のごとく飛びめぐって、一瞬の隙に大嶋の首を拳ではっしと撲った。
 またしばし闘って、今度は大嶋の背をしたたか撲つと、吹き出した血が砂浜を朱に染めた。
 大嶋は苦戦の末、ついに太刀を打ち入れた。男は腕首を断ち斬られ、かき消すように失せた。

 友人たちは助太刀しようと騒いだけれども、あたりはにわかに霧に覆われて一寸先も見えず、闘う音のみが聞こえていた。
 やっと霧が晴れたとき、大嶋は血みどろで立って、
「みんな見ろ。敵の腕首を斬り落とした。化け物は消え失せたぞ」
と言った。
 そこには大きな魚の鰭(ひれ)が、斬られて落ちていた。大嶋はそのまま気絶した。

 気付け薬で息を吹き返しても、意識朦朧とした状態が長い間続いた。
 傷も癒えて、やっと元の気力が戻った頃に、その時のことを尋ねると、大嶋は、
「まったく何も覚えていない」
と言うのだった。
 だから直後に語ったことからのみ仔細が知られるわけだが、まったくこれは、魚の精が現れ集まって怪異をなしたのにちがいない。
あやしい古典文学 No.491