『因幡怪談集』「小池元類という医師、家の二階に妖物居る事」より

二階の妖物

 小池元類という医師の家で最近あったことで、元類がみずから語った話である。

 冬のことゆえ、
「二階の薪を下ろしてくれ」
と召使いの下人に申しつけたので、下人はそのまま二階へ上がったが、まもなく、わっ! と悲鳴を上げて逃げ降りてきた。
 どうしたのかと訊くのに応えて言うには、
「二階に化け物が出て、わしに喰いつきました。ほらこれ、ごらん下され」
 見れば、膝頭から血が流れている。ひどく痛む様子なので、薬など付けてやってから、あらためて、
「それにしても、喰いついたのは猫か鼠ではなかったのか。一体どんなものだったか話してみろ」
と尋ねると、下人は、
「何かわかりません。暗がりに目が二つ光って、犬猫くらいのものが急に飛びかかり、喰いつきました」
と言うのだった。

 いずれにしても、そのままにしておけない。
 近所に使いをやって助勢を頼むと、たちまち屈強の若者たちが集まり、棒よ、鳶口よ、と手に手に得物を握ってひしめいた。
 まず二階の薪をことごとく下ろしてから、火をともして四五人が上がって調べるうち、問題の化け物が現れた。それっとばかり鳶口を打ちつけて捕らえ、階下に引きずりおろした。
 庭に出して見ると、なんとこれが、体長四十センチほどの山椒魚だった。

 話を聞きつけて近所の男女が駆け集まり、矯めつ眇めつして、
「どういうわけで、こんなものが二階に棲んでいたのか」
と不審がった。
 主人には思い当たることがあった。
「そう、二三年前、この半分くらいの山椒魚を山里の知人から貰ったことがある。裏庭に小さい池を作って放しておいたが、いつの頃かいなくなった。さては犬猫などに取られたかと思ったのに、まさか二階に棲みついていたとは。このものは水を離れ、あんなところにも棲むものなのか……、妖しいことだ」
 これを聞いて、その場の誰もがなんとなくいやな気持ちになって、山椒魚は打ち殺し、皆々帰っていった。
あやしい古典文学 No.493