山本序周 編『絵本故事談』巻之四「猩々象に跨る」より

象に乗る猿

 唐の敬宗の時代、勇者として名高い武という人がいた。

 ある夜、邸の門を叩く音がするので、武が戸を開けて見ると、訪問者は一頭の白象にまたがった大猿だった。
 大猿は武に言った。
「お願いがあって参りました。この象には恐ろしい仇敵がいるのです。あなたにその敵を殺していただきたい。象は人語を操れないため、私を頼って乗せて来たのです」
 武が、
「その仇敵とは何者か」
と問うと、
「この山の南二百余里に岩穴があり、巴蛇(はじゃ)という大ウワバミが棲んでいます。今日まで数知れぬ象が巴蛇に呑まれました。願わくば巴蛇を滅ぼしていただきたい」
と言うのだった。

 武は象どもを不憫に思い、毒を塗った矢を携えて岩穴まで赴いた。
 中を覗くと、話に聞いたとおり、太さ数尺の巴蛇が潜んでいた。その牙はまるで剣のようで、眼は鏡のようにぎらぎら輝いていた。
 武が弓を引き絞り、矢を放つと、毒矢はあやまたず巴蛇の眼を射た。
 雷鳴のごとき咆哮が穴の中から轟き、次の瞬間、巴蛇が躍り出て、のたうちまわって死んだ。
 岩穴の奥を調べると、象の骨が山のように積み上げられていた。
 そのとき大勢の象が、各々すばらしい象牙を鼻に巻いて現れ、象牙を武に献じると、ひざまずいて礼をなした。

 『博物志』によれば、巴蛇は象を呑んで、三年後にその骨を出すという。
あやしい古典文学 No.496