阿部正信『駿国雑志』巻之二十四上「猫蜜柑」より

猫みかん

 駿河国の有渡郡鴨村の言い伝えである。

 昔、この村に久太夫という百姓がいて、裏庭にみかんの樹を植え、大切にしていた。
 よく実をつけるようにと、毎年たくさんの猫を殺し、死骸を木の根方に埋めて肥やしとした。

 文化九年、ことのほか多くみかんが実ったので、喜んだ久太夫は、親族に配ったり村役に贈ったりして、自分の世話が行き届いていたことを自慢した。
 ところが、そのみかんの皮を剥いてみると、なんとなく果肉に猫の面影があった。
 深く怪しみ恐れて、ただちにその樹を伐らせたが、そのとき樹は、真っ向から久太夫の頭上に倒れこんだ。
 打撲の痛みが堪えがたく、数日後に久太夫は死んだ。
 その後も家内に凶事がうち続き、ついに一家ことごとく死に絶えた。

 家の跡は空地となって、住もうという者は誰もいない。
 猫の遺恨が祟りをなしたのか、あるいは、天が非道の殺生を咎めたものか。
 これを「猫みかん」と呼んで、今も語り草になっているのだ。
あやしい古典文学 No.515