『大和怪異記』巻四「女、鬼となる事」より

病妻 鬼と化す

 江戸の中橋に住まいする庄右衛門という者の妻が、夫への嫉妬が積もり積もって、いつしか病みついた。
 日数を経るうちいよいよ衰えはて、もはや死も間近い容態となったので、夫もそばを離れず看病した。

 そんなある夜、突然、妻ががばと起き上がり、
「ええい、腹立たしい」
と叫んで、両手の指をわが口に入れるや横に引いた。
 口は一気に耳の付け根まで裂け、髪が逆立ち棕櫚の葉のようなのを振り乱して、夫に襲いかかった。
 夫はとっさに前にある布団を投げかけて防ぎ、むんずと組み付くと、
「みんな、来てくれ」
と助けを呼んだ。
 下人どもも、隣家の者も駆けつけた。そこらの布団をかぶせ、五六人折り重なって、
「えいや、えいや」
と声を合わせ、ついに押し殺した。

 殺しはしたものの、布団を取り除けるのが恐ろしい。布団ごと古い長櫃に詰め込み、寺に送った。
 寺の僧が髪を剃ろうと取り出してみると、死骸は眼をくわっと見開き、口は耳まで裂け、髪は絵に描いた悪鬼のようだ。怖れ慄いて蓋を閉め、長櫃のまま焼場へ送って火葬にした。
 その後、夫も患って、百日ばかり後に死んだ。
あやしい古典文学 No.522