津村淙庵『譚海』巻之一より

篝堂の怪

 相模の国の三崎に、公儀の設置した篝(かがり)堂という建物がある。
 堂は海岸の高い場所にあって、昼夜とも二人ずつが詰めている。昼は波風の様子や難破船などに注意して遠見し、夜は明けるまで絶えず篝火を焚いて、船舶往来の目印とする。
 篝火に燃やす薪は浦々に割り当てて、決まった数を持ち寄る決まりになっている。

 しかるに毎年七月十三日の夜は、きっと難船で死んだ者の幽霊がこの堂に現れる。二人ではなはなだ心細く恐ろしいため、この日に限って数十人が寄り合い、鐘を打ち鳴らし、一晩じゅう念仏を唱える。
 それでも幽霊は、必ず出てくるのだ。
 大船がにわかに現れて漂い来たり、巌頭に触れて砕け崩れる。轟音が耳を驚かし、震動がぞっと身の毛をよだたせる。
 そのとき、たちまち幾十もの影が幻のように水面に充満し、
「わぁ、わぁ〜!」
と叫びつつ、堂をめがけて押し寄せる。その恐ろしさは言いようもない。

 この幽霊を慰めるために、年ごとに施餓鬼会を勤め、仏事が営まれるそうだ。
 不思議なこととして世に言い伝えられている話である。
あやしい古典文学 No.531