松浦静山『甲子夜話』巻之二十より

蛇が棲む便所

 ある小身の旗本の屋敷で、便所に小さな白蛇が一つがい棲んでいた。
 人が行くたびに二匹とも鎌首をあげて向かってくる。みな恐れて、この便所に行かなくなった。

 その屋敷に、婆さんの女中がいた。もとは娼婦だったとかいうが、すこぶる肝のすわった女であった。
「私が退治しましょう」
と、婆さんは真っ赤に焼けた火箸を持って便所に行き、やにわに白蛇の頭にあてた。
 蛇は二匹とも消失した。とともに屋敷じゅう霧が立ちこめて、ものの見分けもつかない。
 霧の中に一塊の黒い雲があって、それだけが皆の目に見えていた。
 婆さんはひるまず、黒雲を捕らえようと立ち向かった。しかし毒気にやられたか、たちまち昏倒した。

 徐々に霧が晴れた。
 婆さんの意識も戻ったが、その体中には、小蛇の歯形とおぼしきものが数限りなくついていた。
あやしい古典文学 No.534