財津種莢『八十翁疇昔話』より

ミイラ流行

 六七十年前の延宝・天和の頃、「みいら」という薬がたいそう流行って、高位の方々・大名衆から庶民にいたるまで服用した。
 癪(しゃく)の発作によく効く。虚弱体質の栄養補給によい。脾臓・腎臓をととのえ、精力を強壮にする。食中毒その他もろもろの病気に効果がある。そのように言って、飲まない人はいないほどだった。
 「みいら」は、あちこちの薬種屋で売られた。「赤坂みいら」というのは、赤坂の大阪屋という生薬屋で安価に売り出したもので、皆が買ってさかんに飲んだ。
 「みいら」の値段は、長崎屋などで銀二十匁・三十匁。十五匁くらいのものもあった。「赤坂みいら」は五匁・三匁で売られた。

 「みいら」は、何か二三種の薬種を松ヤニで練ったような薬である。病気には効かない。まあ体の害にもならないが、何の益もない薬である。七八年間ことのほか流行して、だんだんに下火になった。
 その後のことで、四五十年ほど前には、「なもみ」という草を酒で蒸してから粉にしたものが、「なもみ薬」という名で飲まれた。また、ここ三四年ほどは、「黄精」を諸病に効くといって飲む。
 身を養う薬でも流行り廃りがあるわけで、そういえば近年、「なたまめ」も大いに流行っている。
あやしい古典文学 No.535