岡村良通『寓意草』下巻より

凄い効き目の頭痛薬

 竹山四郎という人がいた。三十歳くらいで、いつも頭痛に悩んでいた。
 この人の住まいは大塚にあったが、音羽の町に住む法師が万病に効く妙薬を扱うと聞いて、呼んで来てもらった。

 法師は脈などとってから、
「これは打ち身ですな。何かのときに頭を打ったのが原因です。薬を用いれば簡単に治るでしょう」
と診断した。竹山は、
「幼いころから病弱で、何一つ荒っぽいことをした覚えがない。たまさか馬に乗っても荷馬ばかりで、落馬したこともない。だから打ち身ではないと思う」
と疑ったが、
「打ち身でなければ治療できません。昔を知る年とった人に、心当たりを尋ねてごらんなさい」
と言うのだった。
 そこで、年老いて家にいる乳母を呼んて尋ねると、
「二つか三つのころ、転んで床から落ちなさったことがあります」
と語った。
「そうでしょう、そうでしょう。では薬を差し上げよう。これを用いると、いったん強い症状があらわれます。そのあと鼻から出てくるものがありますが、驚かないでください。それが出てしまえば、完全に治りますから」
 法師は、蛤の殻に入れた練り薬を取り出した。
「これを七日間用いてください」
 竹山は、
「打ち身のことを言い当てた。たいしたものだ」
と法師をすっかり信頼し、大喜びで薬を受け取った。

 まず二日ばかり薬を飲むと、いつもにまして頭痛がひどくなった後、鼻から血が固まったような黒い塊がぼろぼろ出てきた。
 これこそ薬の効果に違いないと思って、いっそう気合を入れて飲んだ。
 七日近くなると、鼻の形が壊れて縮み、平らになってきた。
「あわゎ! 鼻が、鼻が……、」
とうろたえ騒ぐうちにも縮みに縮んで、七日を過ぎたら鼻の形は完全に失せた。鼻梁のところが窪みとなり、小さな穴が二つあいていた。
 醜いことかぎりなく、椿の実で作った猿の顔そっくりだ。これでは出仕どころか、普通に人に会うこともできない。
 竹山は、頭痛も治まらないうえ鼻までなくしたことに惑乱し、ひどく衰弱して寝込んでしまった。

 いったいどんな薬だったのだろう。
 わけの分からない薬を、むやみに飲むべきではない。
あやしい古典文学 No.538