岡村良通『寓意草』上巻より

狐の失敗

 関東の諸国では、野狐の精を「稲荷」として祀り、供え物までして敬う。そうすると狐もまた、善い利益(りやく)を与えてくれる。
 だが陸奥(みちのく)では、狐を敬わない。狐のほうも大したことはしない。たまに祟ったりすると、たちまち人に殺されてしまう。
 千年を経た老狐として、信夫に「お山のごんぼう」「一盃もりの長七」、米沢の「右近」「左近」らが知られるが、彼らを恐れる者などいない。

 「右近」「左近」が人をたぶらかそうと思ったのだろうか、上杉家の家来の男が江戸へ使いしての帰り、ただ一人で山あいを行くとき、ふと道に現れて、
「どうしてこんなに手間取ったのだ。殿がたいそうお腹立ちだぞ。このまま家に戻ってみろ。重い罰は必定だ。今すぐ、ここから他国へ立ち退け」
と言うのを見れば、まぎれもなく狐だった。
「馬鹿にするな。憎い狐め」
と、刀を抜いて斬り殺した。
 名高い狐なのに、化けそこなったらしい。



 西国にも、これと似たようなことがあった。

 因幡の国、鳥取の坂川彦左衛門という侍が、雉を撃とうと、鉄砲を持って野辺に出かけた。
 すると、松原の中から出てきたものが、
「お狩りでございますか」
と声をかけた。
 身なりを見ればどこぞの下僕のようだが、顔は狐だった。
「今日はご主人に休みをいただきました。狩りのお供をいたしましょう」
と言うので、
「よいところに来てくれた。これを持ってくれ」
と鉄砲を渡した。
 狐は鉄砲を担いで、後ろからついてきた。とある家の角まで来たところで、
「おまえはここで、雉がいるかいないか、よく見張ってくれ」
と命じて、彦左衛門は家に入った。
「今、面白いものが来ますからね。笑わないでくださいよ。からかい甲斐がありますから」
 家人にこう言って待っていると、やがて狐も入ってきた。
「あちらこちらと見ておりましたが、鳥はおりません」
「そうか。ご苦労だった」
 ねぎらうと狐は、台所の隅に腰をかけて休んだ。
 家人は笑いをこらえて、茶を汲んで渡したが、断って水を乞うたので、椀に水を満たして与えた。
 狐は飲もうとして、椀の水面に映るおのれの顔を見た。わっと驚いて椀を振り捨て、まさに周章狼狽の態で逃げ去った。

 翌朝も彦左衛門は、雉を撃ちに出かけた。
 小松を押し分けながら行くと、草むらの中から、
「よう、彦左衛門」
と呼ぶ。
「誰だい」
と問うても姿は見せずに、
「昨日は可笑しかったなァ」
とくすくす笑った。
あやしい古典文学 No.540