森田盛昌『咄随筆』上「土葬の骸に付生霊」より

死人に憑く生霊

 ある人の妻が死んで、菩提寺の墓地に土葬になった。
 年月を経て、その夫は後妻を迎えたが、後妻のすること何もかもが意に添わなかったらしく、
「前の妻はこれが良かった、あれも良かった」
と口癖のように言ったので、後妻ははなはだ恨みに思い、
「こんなに心を尽くし、身を惜します仕えているのに、私のすることは一つとしてお気に召さない。前の奥方はどのようにお仕えだったのか」
と血の涙を流して悲しんだ。憂いのあまり病の床に伏し、日を経、月を重ねても枕を上げず、今を限りの容態にまで至った。

 その頃、菩提寺から夫に、
「ちょっと用事があるので、夕刻過ぎに来てください」
と言ってきた。
 晩に夫が訪問すると、和尚が対面して、
「あなたの妻女の墓に、毎夜黒雲が覆いかかります。と同時に墓の中が鳴動し、限りなく叫び喚く声が轟きます。だいたい十時ごろでしょうか。ぜひ今夜、その目で見てください」
と打ち明けるのだった。
 夫は怪しく思い、和尚と共に墓の前で待った。
 すると、話のとおりの時刻に、一塊の黒雲が松の木に懸かると見えて、そのまま墓の上に覆いかぶさった。夫が飛び出し、刀を抜いて切り払うと、すべて跡かたなく消え去った。
 そこへ自宅からの急使が来て、後妻がたった今死去したことを告げ知らせた。
 黒雲は後妻の怨念だったのであろう。

 後に墓を掘り返してみると、前妻の死骸の顔とおぼしきところが、掻き裂かれたようになっていた。
「生霊が死人に憑いたわけで、これこそあべこべというものだ」
と、享保十年の十一月下旬に、浄安寺の納所 称名院が語られたそうだ。
 これは山口宇兵衛が聞き伝えた話である。
あやしい古典文学 No.542