『古今著聞集』巻第十「久光常世に合ひて頭を抓められ悶絶の事」より

悶絶相撲

 毎年七月、天皇が宮中で相撲をご覧になる「相撲の節」という儀式がある。

 爪を長くのばしていて、敵を引っ掻くのを得意技とする久光という相撲取りが、常世という大豪の力士と取り組んだ。
 常世は、一度、二度と、顔をばりばり引っ掻かれると、やおら相手の頭をつかみ、爪先でつまんでぎりぎり締めつけたので、久光は苦悶して気が遠くなった。
 やっとのことで離れた久光は、
「もう懲りた。絶対にあんなことはすまい」
と呟き、以後はちょろちょろ逃げ回ってばかりいた。

 これでは話にならないので、しきりに勝負するよう促されたが、久光は決して常世に近づこうとしなかった。
「勝負しなければ牢屋にぶちこむぞ」
と脅すと、久光は言った。
「牢に入ったって命に別状ありません。常世に近づけば殺されますよ」
あやしい古典文学 No.544