『奇異怪談抄』上之上「元緒」より

亀を煮る

 中国の呉の国で、孫権が王であった時のこと。
 永康というところの人が、山に入って一匹の大亀を見つけ、捕らえた。
 縛ってわが家へ持ち帰ったとき、亀は突然、人が物言うように呟いた。
「運悪く人に出会って、捕まってしまったよ」
 聞いた人々はみな不思議に思い、この亀を呉王に献上することにした。

 亀を船に乗せて都へ上る途中、越里というところで夜を過ごすべく、船を大きな桑の木の根元に繋いだ。
 その夜更けのこと、桑の精が声を発し、亀の名を呼んで言った。
「おお、元緒(げんしょ)よ。おまえ、どうしてこんなことに……」
 すると亀が応えた。
「見てのとおり、おれは捕らわれの身だ。もうすぐ、おれを煮殺そうとするだろう。だが、どれほど山の薪を伐って燃やそうと、煮殺すことなどできはしないのさ」
「そうか。だが、孫権の臣下に諸葛恪(しょかつかく)という者がいる。博学で物知りだ。あの者にわしを伐らせぬよう、気をつけんとな」
「待て待て、口数が多い。もしこの話が洩れたら、あんたの身にも災いが及ぶぞ」
 それきり、しんと静まって、物音一つしなくなった。

 都に着いて亀を献上すると、呉王孫権はこれを大きな釜に入れて煮させた。
 しかし、どれほど多くの薪を焚いて煮ても、亀の姿はいっこうに変わらない。
 そこで諸葛恪を呼んで、どうしたものかと尋ねた。
「これを殺すには、永年月を経た桑の木を薪にして煮るとよいでしょう」
 諸葛恪がこう言うと、亀を献上した者は、船で盗み聞いた桑と亀の会話を思い出して、しかじかと言上した。
 ただちにかの桑を伐って取り寄せ、それを焚いて煮ると、やがて肉が爛れて、亀は煮殺されてしまった。

 このことから、亀を煮るには桑の薪を用い、また、亀のことを「元緒」というようになった。
 『異苑』という書物に書かれている。
あやしい古典文学 No.548