『奇異怪談抄』上之上「偃王」より

うつ伏せ王

 はるかなむかし、中国での話。
 徐国の王の宮女が懐妊したが、産み落としたのは卵であった。
 王も家臣も奇怪で不吉なことに思い、卵を水辺に捨ててしまった。

 その水辺の近くに一人の老女が住んでいて、「鵠倉(こくそう)」という名の犬を飼っていた。
 あるとき鵠倉は水辺に行き、かの卵をくわえて戻って老女に見せた。
「これは不思議じゃ」
 老女が卵を温めてみると、まもなく卵が孵って子供が生まれ出た。
 その子には骨がなく、ただうつ伏せになっていたので、「偃(えん)」と名づけた。「うつ伏せ」という意味の名である。

 徐国の王はこれを伝え聞いて、偃を呼び寄せ、養い育てた。
 やがて成人した偃は、知恵もあり、慈悲の心も備えていたので、王は位を譲って政治の全権を委ねた。
 新しい王は「偃王」と呼ばれた。

 犬の鵠倉は、年老いてまさに死なんとするとき、にわかに角が生え、九本の尾が生じた。
 思うに、竜が化して犬の姿をしていたのであろう。
 偃王が丁重に埋葬させて後、それは「狗竜」と呼ばれたと、『事文類聚』という書物に書かれている。

 偃王は、周の穆王(ぼくおう)に対して反乱を起こしたが、穆王が派遣した軍に敗れ、滅亡したと伝えられる。
あやしい古典文学 No.549