津村淙庵『譚海』巻之十より

一晩じゅう小便が出る

 武蔵の国の二合半(こなから)領に、貧乏な百姓がいた。
 水腫を病んで全身が腫れ、さまざまに療治しても何の効き目もなかった。

 いよいよ重患となり死も間近というとき、親しい人が見舞いに来て病苦をねぎらった。
 そのとき百姓が言うことには、
「見ての通りの大病で、とても治るとは思われない。たぶん近々死ぬだろう。願わくば、濁り酒を心ゆくまで飲んで死にたいものだな。ずっと貧乏してきたから、思う存分飲むことが一度もなかった。このまま死ぬのでは、あんまり心残りだよ」
 見舞いに来た人はこれを聞いて、
「たやすいことだ。望みどおりにしよう」
と、さっそく濁り酒を二三升贈り届けた。

 病人は大いに喜び、酒の半分を昼間のうちに飲み、夜に残りの酒を飲み尽くした。
 やがて腹がひどく張って、苦しみ耐えがたく、いつとなく小便を漏らし始めた。小便は際限なく出て、一晩を過ごした。
 その結果、一両日のうちに水腫が引いて、すっかり平癒してしまったそうだ。
あやしい古典文学 No.551