『西播怪談実記』巻四「姫路外堀にて人を呑んとせし鯰の事」より

姫路外堀の主

 姫路元塩町の裏長屋に、太郎兵衛という貧乏人がいた。
 あるとき太郎兵衛の妻が、三左衛門堀と呼ばれる姫路城の外堀へ行って、洗濯物をすすいでいた。
 すすぎ終わったのは前にある石の上において、残りをすすいでいると、沖の方から激しく水波を立てて、ぐんぐん岸に近づいてくるものがある。
 最初、女はカワウソか何かが魚を獲るのだろうと思ったが、目の前まで来たのを見れば、波の中で何だか分からない怪物が、くわっ!と大口を開けていた。
 ただひと呑みとばかりに向かってくる勢いに肝をつぶし、女は何もかも投げ捨てて逃げ出した。逃げながら振り返ると、怪物は石の上の白い浴衣を引きくわえて、沖の方へ戻るところだった。
 家に走り帰って亭主に告げたので、太郎兵衛は堀まで行き、散らばった洗濯物や桶などを拾って持ち帰った。

 事件はずいぶん噂になって、ある人は、
「怪物の正体は、三左衛門堀の主と言い伝えられる大ナマズだよ。体長は四メートル近くもある。わしも去年、堀のはたに涼みに行って初めて見た。ああいうものがいるから、子供を堀の辺りへは行かさないことだ」
などと言ったそうだ。
 これは私の知人が語った話で、正徳年間の出来事らしい。
あやしい古典文学 No.555