津村淙庵『譚海』巻之二より

瑞聖寺の蓮の葉

 江戸白銀の瑞聖寺は、黄檗宗の旅宿寺である。
 この瑞聖寺に長年勤めていた七助という男が、ある朝、いつものように朝飯を炊いている姿を最後に、行方知れずになった。
 そのまま月日が過ぎて、『入水して死んだのではないか』などという話になった。

 六年過ぎて、ちょうど七助が失踪した同月同日のことだ。
 寺の門前で、人々が大騒ぎしている。何事かと寺僧が出てみると、はるかな空の高みから、一塊の黒雲のようなものが降りてくるのだった。
 やがて瑞聖寺の庭に落ちたのは、大きな蓮の葉の包みだった。
 包みの中に、何か蠢くものがあった。人々が近寄って開いてみると、かの七助が、茫然とした様子で這い出してきた。
 まったく呆れるほど奇怪な出来事である。

 一両日が過ぎて、七助も人心地がついたようなので、これまでの委細を問うと、次のように答えた。
「お寺におりましたとき、御僧が一人来て、あっしを天竺へ連れて行くとのことでした。まるで空中を歩くようにしてある所に至りましたが、そこの人も言葉も、はなはだ異なっておりました。御僧は『ここが天竺だ』と言われました。ところがそのとき、なぜか出火騒ぎが起こって収拾がつかなくなり、御僧は『おまえ、この蓮の葉に入っておれ』と。言われたとおり入りますと、包みにして投げ捨てられたように覚えています。その後のことは何も分かりません」
 とすると、この蓮の葉は天竺のものにちがいない。

 葉は八畳敷きほどもある大きなものだ。寺庫に収められて、今もあるそうだ。
 瑞聖寺の虫干しのとき、じかに見た人の話である。
あやしい古典文学 No.558