『元禄世間咄風聞集』より

饅頭うまい

 江戸堺町の饅頭屋にある日来た客が、饅頭を食べたいと言うので出したところ、二つ食べたところで、
「いやはや、これはよい饅頭。これほどうまい饅頭を食べたことは一度もない。今より後、饅頭といえばここの饅頭と決め、食べに参るとしよう」
と、饅頭代として銀子四、五匁ほどを置いた。
 饅頭屋は驚いた。
「これはたいへんなお間違いを。お代は少しでございますゆえ、この銀子はお納めください」
 すると客は、
「拙者は浪人者ゆえ、銀子の持ち合わせがあるときはこのように置かせてもらう。不如意の節もあるので、そのときの分も置いていると思ってくれ」
と言って、帰っていった。

 その後、この客はまた来て、うまいうまいと饅頭を四つ食べ、また銀子五、六匁ほど置いて帰ろうとしたため、饅頭屋は辞退した。
 それでも無理に置こうとするので、正味の饅頭代だけを受け取って、あとは返した。
 饅頭屋の夫婦は、
「どうもあのご浪人は、ひとかどの侍にちがいない」
などと言い合った。

 三度めに来たときには、饅頭を出したけれども、
「なんとなく今日は食べかねる。いずれまた来て食べることにしよう」
と言って帰っていった。
 饅頭屋の主人は、店の若い者に申し付けた。
「どこに住まわれているご浪人か、見届けてきてくれ」
 若い者はあとをつけて、とある裏長屋に入ったのを覗いていると、小用をするさいに尻のあたりに狐の尾がひらりと見えた。
 そのまま店に立ち返り、
「あの方は御浪人ではなく、稲荷様でしたよ。間違いありません」
と報告すると、饅頭屋の女房も、やっぱりそうか、と頷いた。
「今日饅頭を召し上がらなかったのは、わたしが月の障りだったからだと思うよ。確かに稲荷様に相違ない。今度おいでになったら、ずいぶんご馳走して差し上げねば」

 饅頭屋が待ち受けていると、十日ほどして、またやって来た。
 すぐに二階に案内し、色々と馳走を尽くしてから、夫婦して頼み込んだ。
「お隠しになっても存じております。あなた様は、稲荷様でございましょう。この先私どもが富貴になるようお取り計らいください。どうかお願い申し上げます」
 すると客が言うことには、
「家を富貴にするのは、容易なことではない。ことのほか難しいから、加持をすることとしよう。それでよいか。加持というのは、どうするかというと、仮に今お前が金子百両持っていたとして、その金子を全部使い果たしても、また戻ってくるようにしてやる。今度この店に来る時までに、金子に水をかけて杉原紙に包んだのを用意しておけ。そうすれば加持してやろう」
 そして次に来たとき、杉原紙に包んで封をした饅頭屋の金子三百両を、加持して帰っていった。

 四五日過ぎて、金子がどうしても入用な事情ができたので、饅頭屋が例の三百両を取り出して封を切ってみれば、金子は一両もなく、すべて銅の贋金だった。
 この事件、よくよく吟味したところ、客は稲荷様などではなかった。無頼の博打うちが、たくみに仕組んで金子を騙し取ったのである。
あやしい古典文学 No.564