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阿部正信『駿国雑志』巻之二十四下「狸施灸治」より |
夢想の灸 |
文化五年のこと、駿河国安倍郡府中研屋町に、二人の供を連れた旅の僧が一夜の宿をとった。 翌日には弥勒町に行き、そこに二日逗留して、多くの人に「夢想の灸」と称する灸治を施した。謝金は銭十二文を限りとした。 僧はその後、さらに西に向かうと言って安倍川を越した。 丸子の佐渡というところに至ったとき、突然横合いから猛犬が走り出て、駕籠かきの足元に跳びついた。 僧はひどく恐れ慌て、駕籠から転げ落ちた。 あっ! と叫んで狸になると、向敷地村の大窪山徳願寺の山中に逃げ込んだ。二人の供も、いつの間に逃げたか、見えなくなっていた。 灸治を受けた人は、あるいは聾者となり、あるいは吃りになるなどして、病気が治った者は一人としてなかったという。 |
あやしい古典文学 No.567 |
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