本島知辰『月堂見聞集』巻之十六より

伊吹明神

 享保八年九月二十五日夜、江州伊吹山あたりに突然の豪雨、とともに山麓一帯がぐらぐら震動した。
 その後、野中に大入道のごとき者が現れた。その者の左右に松明のような火が多数連なり、一列になって伊吹山に登っていった。
 村の民は、
「地震ではないぞ。外に出るなよ」
と家ごとに声を掛け合い、しばらくするうち、また静穏な夜に戻った。

 村の一老人が語るところでは、
「これは、五六十年に一度ほどあることだ。往古より、伊吹の明神が琵琶湖中から出現して登山しなさるのだと言い伝えている」
と。
 跡を見ると、湖岸から伊吹山上まで、田畑・草木ことごとく一筋に焼けて焦土となっていた。焼け跡の幅三間あまり、長さは一里半以上にわたった。
あやしい古典文学 No.568