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只野真葛『奥州ばなし』「狐とり弥左衛門が事并ニ鬼一管」より |
鬼一管 |
陸奥国宮城郡の本川内に、勝又弥左衛門という狐獲りの天才がいた。若いころから多くの狐を獲るうち、いよいよ腕を上げて、弥左衛門のために命を失った狐は数百をくだらない。 獲られることを憂い嘆いたある狐が、老僧に化けて弥左衛門の前に現れ、 「生き物の命をとることなかれ」 と諌めたが、まるで耳を貸さずに、その狐を獲った。 また、何とかの明神と崇められていた白狐も獲ったという。弥左衛門のもとに浄衣を着けた者が来て、 「明神のお告げなり。狐を獲ることをやめよ」 と諭したが、それも聞かず罠を仕掛けたところ、白狐がかかったそうだ。 このように並外れた名人だったので、世の人は「狐獲り弥左衛門」と呼びならわしていた。その狐の獲り方は、次のようなものである。 まず鼠を油で揚げて味付けする。同じ油鍋で粉に挽いた小豆を炒る。これらを袋に入れて持ち、狐の棲む野原へ行くと、揚げ鼠の匂いをひとしきり振りまく。戻りの道々では炒り小豆粉を一つまみずつ撒き、細流のあるところではちょっとした橋のようなものをかけたりする。家に帰ると、屋敷内に罠を仕掛ける。これで必ず、狐が来て罠にかかってくれる。 ある人が、 「目に見えない狐の居所を、どのようにして知るのか」 と問うと、弥左衛門いわく、 「狐というものは、目に見えなくても、そのあたりに近寄れば必ず身の毛がよだつ。野を分けめぐって何となく身の毛がよだてば、狐がいると知れるのだ」 なにしろ名人なので、狐除けには『勝又弥左衛門』と本人自筆の札を貼ればよいとも言われていた。 同じころ同国に、鯰江六大夫という笛の名手がいた。 国主の宝物に『鬼一管』という名笛があって、これはむかし鬼一という人が吹いた笛だが、余人には吹くことができなかったのを、六大夫は見事に吹きこなした。 以来、『鬼一管』は六大夫が、我が笛のごとく預かっていた。 ところが六大夫は、故あって罪に問われ、『網地二わたし』という遠島に流されることになった。ただし預かりの笛については特に沙汰がなかったので、流罪の島まで携えて行った。 島での無聊の日々、笛だけを慰めとして吹いていた。するといつの頃からか、夕方になると、十四五歳くらいの少年が垣根の外に立って聴くようになった。 風が吹き、雨の降る折にもそうしていたので、 「入って聴くがよい」 と呼んでやると、それからはいつも家に入って聴いた。 何日かが経った夜、少年は笛を聴き終わってから、悲しげに言った。 「すばらしい笛を聴くのも、今宵が最後となりました」 六大夫が不審に思って問うた。 「何があったのだ。わけを話してごらん」 「はい。じつは私は人間ではなく、千年を経た狐なのです。勝又弥左衛門が、この島に年を経た狐がいると知って、獲りに来ます。もはや命は助かりません」 六大夫は思案した。 「危難が迫るのを知らずに命を失うのは、世の常のことで是非もない。しかしおまえは、勝又弥左衛門が来ると知っているではないか。知りながらなぜ命を諦めるのか。この島に弥左衛門がいる間、わしがおまえをかくまおう。この家にじっと隠れて、危難を逃れるがよい」 「いや、それがだめなのです。家に籠もって助かるようなら、自分の穴に籠もってでも凌ぐことができますが、弥左衛門の術の前では狐の神通を失うので、行けば命がないと承知しながら、自分で罠に近寄ってしまいます。どうにもなりません。さあ、今まで心を慰めてもらったお礼に、何でもお望みの珍しいものをお見せしましょう。なんなりとおっしゃってください」 「では、一の谷の逆落としから始めて、源平の合戦の様子を見たいものだな」 「たやすいことです」 少年が答えるやいなや、座敷の中はたちまち険しい山谷と変じ、いかめしくもきらびやかに装った将と兵馬が打ち合い駆け巡り、無数の矢が飛びちがい、大海に軍船が走り、追いついた船から次々乗り移るさまなど、面白さは言いようもないほどだった。 やがて座敷は何事もなかったように元に戻り、少年はこんなことを言い残して去った。 「きたる某月某日、松が浜に国主がおいでになります。その折に『鬼一管』をお吹きなさい。きっと吉事があるでしょう。私の死後のことになりますが、今日までのお情けの礼に、お教えします」 弥左衛門が島に来て罠をかけると、くだんの狐は七度まで外して逃げたが、八度めにかかって獲られた。 六大夫は、それを聞いて哀れさに涙しつつ、教えられたとおりの日に笛を吹いた。 松が浜では、空晴れてのどかな海を眺めながら国主が昼の休みをとっていた。そこへ何処からともなく笛の音が、浦風に乗って聴こえてきた。 「誰だろう。今日、あのように笛を吹くのは」 傍近くの者に尋ねても、誰も知らないので、浜の住人を呼んで問うと、 「あれは『網地二わたし』の流人、鯰江六大夫が吹くのです。いつも風のまにまに聴こえてまいりますよ」 と言う。 国主は、 「ああ、見事なものだ。島からここまで、およそ三百里の海路を吹きとおす。六大夫こそ、まことの笛の名手というものだ」 としきりに感動し、それゆえか、ほどなく六大夫は召し返された。 |
あやしい古典文学 No.571 |
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