林羅山『狐媚鈔』「孫岩」より

髪を切られる

 中国の後魏の世に、孫岩という人がいた。
 孫岩が娶った妻は、三年経っても衣服を脱がず、帯を解いて横になることもなかった。
 どういうわけかと怪しんで、眠り込んでいるときを窺って衣服をはだけてみたところ、尻尾があった。長さ三尺ばかりで、狐の尾に似ていた。
 思いがけない姿に驚き恐れて、ただちに追い出そうとすると、妻は刀を抜いて孫岩を襲い、髪を切り取って去った。
 人々が追いかけたが、その姿はまったく狐と化して駆け走り、ついに行方を見失った。

 その後、都のあちこちで髪を切られる者が百三十人あまりに及んだ。
 女に化けた狐が、美しく化粧して華やかな衣装を身にまとい、大路を行く。それを見て心惹かれ、ふらふらと近づくと、必ず髪を切られてしまう。
 よって当時の人は、こうした五色の着物を着て出歩く女を、「狐魅」と呼んだのだった。
あやしい古典文学 No.577