『諸国百物語』巻之五「播州姫路の城ばけ物の事」より

姫路城の妖怪

 播州姫路の城主 秀勝が、夜のつれづれの慰めに家中の者を集め、よもやまの話をするなか、
「この城の五層目に、夜な夜な火をともす怪異がある。誰か、あの正体を見てくる者はおらぬか」
と言ったが、ただちに名乗り出る者は一人もなかった。
 ややあって、今年十八歳になる侍が申し出た。
「それがしが見てまいりましょう」
 秀勝は、
「では、証拠となるものを取らすぞ」
と提灯を与え、
「あの火を、これにともしてまいれ」
と命じた。

 侍が提灯を持って天守に上がると、そこには歳のころ十七八の十二単を着た女が、火をともしてただ独りで座っていた。
 女は静かに問う。
「そのほうは、何ゆえここへ来たのか」
 侍はかしこまって応えた。
「主人のおおせにより、ここまで参りました。その火を、この提灯に下されますよう願います」
 聞いて女は、
「主命とあれば許そう」
と、火をともしてくれた。
 侍は喜んで戻っていったが、三層目まで降りたとき火が消えた。やむをえず立ち返って、
「せっかくですから、消えぬようにともして下さいませ」
と頼むと、女は蝋燭を取りかえてともしてくれた。さらに、
「これも証拠とするがよい」
と言って、櫛を一つ手渡した。

 侍が御前に戻り、提灯の火を差し上げると、秀勝も感心して、さて、その火を吹き消そうと試みるに、どうしても消えない。かの侍が吹くと直ちに消えた。
「ううむ。ほかに不思議はなかったか」
との問いに、侍は、かの櫛を取り出した。秀勝が取り上げて見ると、具足櫃にしまっておいたはずの櫛である。具足櫃を開けて調べると、確かにその櫛がなくなっていた。
 これはどうしたことなのか。秀勝は不審のあまり、自分で直接行ってみようと思った。

 秀勝がただ独り天守に上がると、ともし火が一つあるばかりで、ほかに何物も見えなかった。
 『はて……』
 しばらく思案するところに、ふだん伽に呼んでいる座頭が現れた。
「おまえ、こんなところへ何しに来たんだ」
 座頭は、
「お寂しいかと思って参りましたが、琴の爪箱の蓋が取れないのです」
と言う。
「よこせ。開けてやろう」
 ところが、爪箱を手に取ると、手にくっついて離れなくなった。
「しまった! はかられたか」
 慌てて箱を踏み割ろうとしたところ、足にもくっつく。そのとき、かの座頭は三メートルあまりの凄まじい鬼人と化した。
「われは、この城の主である。われを疎略に扱い、尊ばぬのであれば、この場でただちに引き裂き殺すぞ」
 秀勝は恐懼して、ひたすら詫び続けた。
 必死に詫びた甲斐あってか、やがて爪箱も離れ、ほどなく夜が明けた。
 気がつけば、天守の五層目のはずが、いつもの御座の間にいたのだった。
あやしい古典文学 No.579