林自見『雑説嚢話』巻之下より

捻じられ首

 左沢族之介という怪力無双の男がいた。かつては会津藩加藤家に仕え、浪人して後、甲州白峰の麓に居住した。

 ある日のこと、族之介が山中に猟して日没をむかえたとき、薄暮の道の行く手に、突然 裸の大男が立ちふさがった。
 とっさに鉄砲で撃とうとすると、大男は飛びかかって鉄砲を奪おうとする。族之介は鉄砲を棄て、そいつと取っ組んだ。
 両者は組み合ったまま谷へ転げ落ちた。落ちながら大男は、族之介の首を強く捻じ回した。捻じられて族之介は気絶した。
 やっと息を吹き返したとき、相手の姿はもはやなかった。ほうほうの態で宿に戻り、しばらく大いに病み煩った。

 回復しても、捻じられた首は見返り仏のごとく左を向いたままで、正面を向けなくなった。
 しかし、首が左向きに固まったせいで、鉄砲を撃つとき狙いが定まり、百発百中の妙術となったのだそうだ。
 襲ってきた大男は、天狗か山男の類だったのであろう。
あやしい古典文学 No.581