『古今百物語』巻第四「魚腹之鏡」より

魚腹の鏡

 その昔、伯耆国の川村というところに、亀木庄右衛門という武士がいた。
 夏の末時分のこと、釣りを好む亀木は釣針を携え、下僕に魚籠と酒を持たせて、近くの沼に出かけた。
 終日釣糸を垂れて、しだいに黄昏に及ぶ頃、一尾の鯉を釣り上げた。長さ二尺ばかり、魚燐がきらきらと光り輝いている。
 亀木は満足して、下僕に鯉を持たせ帰途についたが、月がまだ出ぬ宵闇どきだというのに、道がたいそう明るくて塵までも見えるほどだ。不審に思って気をつけて見ると、魚籠に入れた鯉から出る光で明るいのだった。

「不思議なこともあるものだ」
 家に帰って鯉の腹を裂くと、はたして腹の中に一枚の鏡があった。
 鏡の大きさ一寸四方、裏に龍を鋳出してあった。龍の鱗が並の細工でなく、麗々と光を発して、深夜といえども日中のごとく照らした。また、この鏡で映すと、遠方も掌の内にあるように明瞭だった。さらに、この鏡を懐中にしていると、闇夜には、その身が光明の内にあるかのように見えた。
 まことに奇異の鏡だと、亀木がことのほか秘蔵したのは言うまでもない。

 やがて亀木は、その武功や勇知を聞き及んだ越前の大名 朝倉義景から召し抱えようとの誘いを受けて、ついに従って義景に仕え、ほどなく掛川の戦いで討死した。
 その後、鏡はどこへ行ったのか知れないと伝えている。
あやしい古典文学 No.582