鈴木桃野『反古のうらがき』巻之四「媒の事」より

あやしい仲人

 近所に住む某氏は、最初の妻を亡くし、その後に迎えた妻にも先立たれた。
 そこで、私の知っている人が仲人して、さる国主に宮仕えしていたという女を娶ることになった。
 某氏はもう四十過ぎの齢だから、女も若くない。三十歳くらいである。

 婚礼の夜も更けた。
 宵時分に帰宅していた仲人の家の門戸を、荒々しく叩く者がある。女房が行って、
「どなた?」
と問うと、今夜婚礼を挙げた某氏であった。
「至急に仲人どのに会わねばならぬ用件がある。この戸を開けたまえ」
 座敷に通し、まだ寝ていなかった仲人が出ると、某氏は息せき切った口調で問い詰めた。
「あのような、人でないものを仲人して……」
 奥に入っていた女房は、この声に驚いて、壁に耳を当てて仔細を聞こうとしたが、そのあとはヒソヒソと小声で聞き取れない。
 しばらくして、
「それでは面目が立たぬ」
という声が聞こえて、またヒソヒソと語り合う。
 女房が何事だろうと気をもむうちに、某氏は帰ってゆき、仲人は何も話さず床についた。

 翌朝早く、また某氏が訪ねてきた。
 座敷で語らう様子を女房がうかがうに、仲人が、
「どうですか」
と問うと、某氏はただ、
「よい。これでよい」
と応えた。
 この事情は、ほかに誰知る者なく済んで、一年ばかり後、某氏夫妻は一子をもうけた。
 なんだか怪しい気配がするのだが……。
あやしい古典文学 No.597