『大和怪異記』巻一「赤染衛門が妹魔魅にあふ事」より

赤染衛門の妹

 「中の関白」藤原道隆公は、いまだ少将であったころ、ある女のもとに通っていた。
 その女は女流歌人 赤染衛門の妹で、百人一首にある、
   やすらはで寝なましものを小夜ふけて傾くまでの月を見しかな
は、そのころ、赤染衛門が妹にかわって詠んだものだという。

 やがて道隆公に忘れられた女は、つのる恋心のままに、南面の簾を巻き上げて物思いにふける日々を送った。
 そんなある夜、直衣を着た男が訪れた。すると女は自然に心惹かれて、誰とも知れぬ男と深い仲になった。
 以来、男は毎夜通ってきたが、明け方に帰っていく車馬の音がしない。
 女は怪しく思って、長い糸に針をつけ、直衣の袖に刺しておいた。
 朝になって糸をたどると、先は南庭の樹上に引っかかっていた。

 その後、男はふっつりと来なくなった。魔物の仕業だったのだろうか。
 女は妊娠しており、ほどなく一つの胞衣(えな)を産んだ。
 切り開いてみるに、どっぷりと血ばかりが詰まって、ほかに何もなかった。
あやしい古典文学 No.599