『江戸塵拾』巻之五「猫老女」より

猫婆

 本所割下水に住まいする諏訪源太夫の母は、齢七十にして気性あくまで激しく、片意地な婆であった。
 つねに猫を深く愛し、数十匹を飼っていて、猫が死んでも死骸を棄てず、大事に長持に入れ置いた。
 月々の猫の命日には魚を買って料理し、その長持に入れる。翌日に見ると、すべて喰い尽くしているのだった。

 「本所の猫婆」と呼ばれ、本所回向院前で繁盛する遊女屋の金猫・銀猫を凌ぐほどの評判だったが、宝暦十二年八月の大嵐の夜、婆も飼猫も、何処へともなく消え失せた。
 家の者が長持を開けてみたら、中に猫の死骸は一つとしてなく、まるで空っぽだった。
あやしい古典文学 No.602