大田南畝『半日閑話』巻十六「青山の男女お琴」より

青山の「男女」お琴

 青山千駄ヶ谷あたりに、男女(おとこおんな)のお琴と呼ばれる者がいた。いわゆる半陰陽(ふたなり)なのだが、普段は女の姿をしていた。
 金貸しを生業として裕福に暮らし、住まいもことのほか立派で、世間の目を驚かすほどだった。

 このお琴が、大御番の矢藤源左衛門の娘と親しくなり、嫁に貰いたいと申し込んだ。源左衛門ははなはだ当惑して、ひとまず叔父へ娘を預け、話をうやむやに済まそうとした。
 男女は引き下がらず、叔父の家へ押しかけて、是非にも貰い受けたいと強談判に及んだ。すると叔父は、どういう考えからか、
「それほど貰いたいなら、今すぐ男の姿になれ。それなら娘をやろうじゃないか」
と言い返した。
 男女はただちに家に帰って長髪を剃り、野郎となって立ち戻った。それで、仕方なく娘を渡してしまったという。

 しかるに、お琴は今までずっと、女として大名の大奥へ立ち入り、寝泊りまでもしていた。
 このたびの騒ぎが知れ渡ってまずいことになり、先ごろ捕らえられて牢に入ったとか、噂がもちきりである。
あやしい古典文学 No.604