林羅山『狐媚鈔』「胡道洽」より

生臭い男

 中国、広陵の医師 胡道洽は、音楽を愛する風流人だったが、体が生臭く、とくに腋臭がひどかった。
 それで、常に腋に名香を挟み、あるいは衣服に香を焚き染めて、悪臭を防いだ。

 胡道洽は普段から、逞しい犬を嫌っていた。
 また、かねてより自分の死期を知っており、その時が近づくと、弟子に、
「私の息が絶えたら、ただちに埋葬せよ。決して、犬に死骸を見せてはならない」
と言い渡した。

 胡道洽は、山陽というところで死んだ。
 亡骸を埋葬しようと、棺に入れて持ち上げたところ、ずいぶん軽かった。怪しんで棺を開けてみると、死骸は失せていた。
 人々は、狐が化けていたにちがいない、と言い合った。
あやしい古典文学 No.609