『大和怪異記』巻四「孕女死して、子を産育する事」より

餅を買う女

 土佐の国のとある漁村で、懐妊していた女が病死した。
 夫は、女に染め帷子(かたびら)を着せて葬った。

 その後、近辺の餅屋に、夜ごと銭一匁ずつ持って、女が餅を買いに来るようになった。
 ぞれが六夜続いて、七夜めには帷子を持ってきた。
「この着物の値の分だけ下さいな」
と言って、餅に替えて帰っていった。

 翌朝、餅屋が帷子を見ると、ひどく汚れていたので、洗って外に干しておいた。
 そこを、かの死んだ女の夫が通りかかった。見れば、妻に着せて葬ったはずの帷子である。『もしや墓を掘って盗んだのでは?』と疑って、わけを問いただすと、餅屋は、夜ごと来る女の話をした。
 不思議なことに思って、その夜、餅屋方で女が来るのを窺い見た。たしかに自分の妻である。あとをつけると、やがて墓所に至って消えた。
 妻の姿は見失ったが、夫の耳に何か聴こえるようだった。心を静めてさらに耳を澄ますと、かすかな赤子の泣き声だ。
 いよいよ怪しんで、塚を掘り返してみると、妻の亡骸が子を産んで、膝の上に抱いていたのだった。

 夫はその子を連れ帰り、養い育てた。
 寛文元年のころ十八か十九歳で、船頭になって大阪に来たのを見たことがある。
 死んでも子を思って巷をさまよう……、親の心ほど切なく哀れなものはない。
あやしい古典文学 No.610