『大和怪異記』巻四「下総国鵠巣の事」より

氏神交代

 その昔、下総国のある村でのこと。

 村の鎮守の社殿の上には、大木が覆いかぶさるように繁って、樹上に幾年来、コウノトリが巣をかけていた。
 その巣でコウノトリが、獲物の亀やら蛇やら貪り喰らって骨を吐き散らし、大いに糞を垂れるので、社殿の汚れようは見るに堪えないものだった。
 参拝に来た氏子たちは憤慨した。
「この社に神体はいらっしゃらないのか。これほどまでに穢されながら、罰をお与えにならないことの口惜しさよ!」
と罵って各々帰宅したが、その夜、巫女に氏神のお告げが下った。
「氏子どもの申すところはもっともである。よって、きたる某日、鳥を罰することとした。皆々来て見るべし」

 お告げは、近郷は言うに及ばず、遠く離れた地まで知れ渡って、『これこそ末世の奇跡』と評判した。
 当日、早くから神社に詰めかけた群衆が、今か今かと待っていると、十時ごろになって、社殿の中から八尺ばかりの白蛇が現れた。
 紅の舌をひらめかせつつ大木を登る神蛇の姿に、見物の人々は崇敬の思いで深く礼拝した。
 白蛇が木のなかばまで登ったとき、これに気づいた雌雄のコウノトリが、喜び勇んで巣を飛び立った。
 二羽はたちまち蛇に襲いかかり、頭をさんざん蹴り潰して殺害した。そして、死骸を咥えて社殿の屋根に降りると、ことごとく食い尽くし、残ったのは骨ばかり。
 見物衆は、意外な結果に呆れるばかりだった。

 神体がこうなっては是非もない。今度はコウノトリを神と崇めて社を建て直し、土地の名も『鴻巣』と改めたという。
あやしい古典文学 No.611