『江戸塵拾』巻之五「元日の化物」より

元日の化物

 浜町の新庄家の屋敷では、毎年正月元日の未明に表門を開くと、身の丈二メートルに余る大男が入ってくる。
 それは兜巾(ときん)と篠懸(すずかけ)を身に着け、金剛杖を持ち、笈(おい)を背負った山伏で、玄関前まで歩み来ると、ふと姿を消す。
 古くより今に至るまで変わらず、元日以外に現れることはないそうだ。

 この山伏、新庄家に凶事が起こる年には、いかにも嬉しげに「デヘヘ」と笑っている。吉事が待っている年には、憤怒の形相で入ってくる。
 世の中に多種多様の化物がいるが、こんな分かりやすい化物は、ほかに聞いたことがない。
あやしい古典文学 No.613