『梅翁随筆』巻之四「傘張長者屋敷の事」より

傘張長者

 武州の稲毛に、傘張長者の屋敷跡がある。
 傘張長者というのは、その先祖が傘張りで渡世していたことから付いた呼び名らしい。

 ある夏の夜、傘張り男が庭に出て涼んでいると、西の方角から、やかましく鳴る音とともに発光体が飛来した。
 そいつは地上から数メートルほどの高さを飛んでいたので、届きそうに思って竹竿を振り回した。竿の先が少し当たったようで、ぱっと火花が散ったが、発光体はそのまま飛び去った。
 翌朝、男は庭で銭を八文拾った。
 それからというもの、思いがけず金の儲かる出来事が続いて家が富み栄え、子孫代々、長者として繁盛したのである。

 しかしながら、盛んなものはいつか衰えるという世の定めは逃れられない。先祖が拾った八文をふと紛失したのをさかいに、不運・不幸が打ち重なった。
 財産は尽き、召し使っていた下男・下女も散り散りに去って、今に残るのは屋敷跡と長者伝説ばかりだ。
あやしい古典文学 No.614