椋梨一雪『古今犬著聞集』巻之一「蛇を殺報事」より

蛇が鳴いた

 武州熊谷に近い上の村に、川上図書という者がいた。
 ある日、図書は門前の榎木の陰に筵を敷いて涼んでいて、いつしかとろとろと眠ったが、目を覚ましたら、傍らに蛇が蟠っていた。
 『憎いやつめ』と杖で一撃したとき、
「ヒィッ」
 小さく蛇が鳴いた。身の毛がぞくっとよだつような、厭らしい声だった。

 蛇が鳴くと仲間が群れ来るという。『それがどうした。来るなら来い』と思っているところに、たちまち五六十匹の蛇が向かってきた。
 たじろいで逃げる図書を追って、大群にふくれあがった蛇が門内に押し寄せた。
 家来総出でこれを防ぎ、村の者どもも駆けつけて、幾万とも知れない蛇を殺しに殺した。

 その報いであろう。まもなく図書と子供たち、さらには一門ことごとくが死に果てた。
 正保年間のことである。
あやしい古典文学 No.617