松浦静山『甲子夜話』巻之二十六より

佇む足長

 『三才図会』によれば、「長脚国は赤水の東にあり、長臂国と近接している。長脚人は常に長臂人を背負い、海に入って魚を獲る。長臂人の身長は普通の人間と変わらないが、腕の長さが六メートルある」そうだ。
 長脚人の脚の長さは記されていないが、長臂人を背負って海に入り、漁をするとなれば、その脚の長さも六メートルくらいはあるだろうと想像される。

 平戸城から西北に八キロばかりのところに、神崎山がある。
 そのあたりの海で、晴れて穏やかな夜に、ある侍が従者を伴って小舟に乗り、釣糸を垂れていた。
 ふと遠目に海岸を見やると、何者かが松明をかかげて佇んでいる。侍は、その姿の異様さに目をむいた。腰から上は常人に異ならなかったが、脚の長さが三メートル近くあった。
 従者が言うには、
「あれは足長と呼ばれるものです。足長が出ると必ず天気が急変しますから、早くこの場を逃れなければなりません」
 しかしそのとき、天に一点の雲もなかった。
「とても変わるとは思えんが……」
などと言いながら、それでも舟を返して一キロあまりも漕いで行ったころ、にわかに黒雲が起こり、猛烈な雨となった。
 城下に帰れそうもなかったので、近辺に泊まることにしたが、まもなく雨はやみ、また空が晴れたという。

 この足長も、妖怪とはいえ天地の間に存在するものだ。とすると長脚国の存在も、根も葉もない話ではあるまい。
あやしい古典文学 No.618