森田盛昌『咄随筆』下「室内に満る蛇」より

蛇が満々

 加賀大聖寺の侍が、初秋のころ、まだ厳しい残暑をしのごうと屋敷の縁側へ出たところ、裏の山のほうから一筋の蛇が這って来て、そのまま縁の下へ入った。
 何だろう? と見ているうちにまた蛇が二筋来て縁の下に入り、それからというもの、またたくまに三筋、四筋、七筋、十筋、二十筋、三十筋……むらむらと現れて、みな縁の下に入った。
 侍は、家来・小者らに追い払うよう命じて、箒や熊手、さらには棒や鳶口などで打ち叩いたが、続々とやって来る蛇は数限りない。
 縁の下から入ったものが物置に現れ、納戸にのたくり、座敷・台所・式台と部屋部屋にあふれ、長押も棚もどこもかしこも、家じゅう隙間なく蛇が充満した。

 手の施しようがないので、家族も家来も下男下女も屋敷を脱出し、親族や知人方に退いた。
 空き家にして三日過ぎると、あれほど集まった蛇どもは何処へか去った。
 そこで皆が立ち帰ってみると、台所はじめ奥も座敷も、屋敷じゅうが蛇の鱗をこすりつけたように照り光って、ぬめぬめしていた。
 納戸に置かれて蓋の開いていた長持の中の衣類も、ことごとくぬめぬめで、まるで用に立たなくなっていた。漬物桶・味噌桶・米びつなどの食物も、すべてぬめぬめ状態だったので、捨ててしまったという。
あやしい古典文学 No.619