椋梨一雪『古今犬著聞集』巻之四「不孝女、蒙天罰事」より

母と娘の酷い仲

 武蔵の国の熊谷に近い戸田村に、やもめの女が住んでいた。
 娘が二人いて、姉のほうは二十歳あまりで婿をとり、妹は十八だった。

 正保四年五月二十八日、虫の居所が悪かったかして、妹娘が母親をさんざんに打擲した。
 殴り疲れた娘が紙帳に入って昼寝していると、にわかに天がかき曇り、大雨が降り込めるなか落雷して、何ものかが娘を掴み去った。
 以来、この娘は行方知れずである。

 そんな怪事があったのも意に介さず、姉娘も親不孝で、母親に食うものも食わせず辛くあたった。
 見かねた婿が、下人を田畑に働きに出し、妻を酒買いにやって、その隙に姑に物を食わせた。
 母親が喜んで食べているとき、早くも娘が帰ってきて、
「婆ァ、人の留守に何をしよるか!」
 走りかかって奪い取り、足で蹴散らした。
 母親は泣きながら外に這い出し、井戸に身を投げた。
 婿は驚いて、助けようと梯子を取りに行ったが、娘は井戸を覗き込み、
「なんだよ、人騒がせな……」
 その時つい誤って、井戸へ真っ逆さま。
 先に飛び込んだ母親は、既に半身蛇と化していて、たちまち娘の腰にまといつく。
 しかし、婿がさまざまに詫び言してなだめると、
「婿どのの思いやりは忘れがたい。そのやさしさに免じて…」
と、娘を放した。

 母親はそのまま息絶えた。
 姉娘も、しばらく後に死んでしまったそうだ。
あやしい古典文学 No.620